私の話しは長いです。
私はCOBOLしか習ってない。
正確には学生時代に授業で受けたのはCOBOLだけだ。
しかしプログラミングは子供の頃になる。
●少年期
当時ファミコンがブームになり、私も欲しくなった。
友達の家で遊びとても欲しくなりお小遣いを数えた。
記憶では本体が約15,000円、カセット5,000円。
多分、カセットを1本買ったら、次に買えるのは1年後。ガンプラもがまんしなくてはならない。
これは嫌だ。
しばらくすると友達のお兄さんがパソコンを持っていると聞き見に行った。
するとゲームは雑誌から打ち込んで遊べるという。これは本の代金だけで済む。
本屋で調べてみたところ、PC-8001でとんでもない金額だった。
でもどうしてもパソコンが欲しく色々調べてみるとMSXと言うパソコンがあり、30,000円程であった。
手持ちは15,000円。どうしても欲しく家族におねだりを数ヶ月してやっとの思いで手に入れた。
その後…雑誌のBasicsを打ち込みゲームをする事が出来た。
当時、取説には命令語の解説やサンプルソースもあり、独学でもプログラミングが学べた。
ちなみに高速化するには機械語と呼ばれ、アセンブラを頭のなかで画き、HEX対応表を見ながら16進数で打ち込む必要があった。
●青年期
数年後、学校でPC-9801と出会い、N80Basicsでプログラミングをした。
これを仕事とする事は意識せず、とにかくコンピュータを触りたいと情報処理系の学校に進んだ。
この時、学んだのがCOBOL85。
冷えたサーバー室で大型集積機か稼働しており、まるでSF映画、高揚。
授業では各端末でプログラミングし、帳票を出力。
やってみると非常につまらない。
やはり、エンジニアになるのは辞めようと思ったぐらいだつた。
資格の為に
卒論の時期になり、AS400は使えずPC-9801と限定された。既にBasicsは廃れ、TurboCで作る事となった。
久々に楽しみを味わい、エンジニアとなる事を密かに取り戻した。
●壮年期
プログラミングが仕事となり、初めて手掛けたのは8ビットマイコンのアセンブラだった。
今まで外部はメモリーマップドが好きでI/OマップトI/Oが慣れず、苦戦した。
その仕事は先輩がほとんど対応し、MS-Cでのパソコンの仕事をしたが、またマイコンに戻った。
当時としては比較的高級なモトローラ系CPUでプログラミングはC言語を使い、最初はOSを積まず、しばらくしてからITRONを搭載するようになった。
資料はDOS一太郎、IDEはSolarisで快適だった。
この時、バグを埋め込んでしまい猛省。
エンジニアは向いていないかと思い始めた時に、VBの仕事を始めた。
Windowsはあちらこちらから、EventでFunctionが呼ばれて、今までとのギャップの大きさを身にして感じながらスパゲッティを作り、dll地獄というスパイスまで付いていた。
模索していると先輩からオブジェクト指向を聞き、勉強を始めたが、文書と図式だけでは掴めず、MS-J++を個人で勉強したが、それでも悶々とした時代だった。
先輩は私よりも大変な思いを抱え、次の開発はObjectPascalであるDelphiを選定した。
クラス設計は苦戦したが保守が驚く程短期で終わり、オブジェクト指向の凄さを実感した。
マイコン系の案件が減り、今度はSolarisのバックエンドの開発を行った。
端末からCORBAを繋ぎ、VersantDBにアクセスするものだったがスキル不足で迷惑を掛ける始末。
次の仕事をさせてもらう事となった。
計測器やアクチュエータをwindowsで制御するシステムだ。
windowsはRTOSではないが、100ms単位精度で24326のシステムだった。
アジア各地に行き、年越しも現場となることもあったが、結果が目の前で判り、やり甲斐を感じた。
受注が大幅に減少し、次の仕事となったが、全く売れず次の仕事をする事となった。
WindowsとOracleDBを使い、月次バッチを行うものだ。
これはフルスタックを超え、データの発生元との調整や、結果の使用方法まで行えた。
開発は次々とデータ量が増え、チューニングとメンテが多かったが、チームにエンジニアが私だけになる期間もあり、苦戦した。
やる前はOracleのチューニングを安易に憶測しており、実践するよい機会だった。
●中年期
SAPを利用する事になり、そのシステムの凄さと、独特の思想に混乱した。
またマイコン系の開発でDebianを積んだ開発となったが、これはすぐに終焉してしまった。
その後はC♯、JavaScriptでpostSQL、IISを使ったり、節操なくです。
そろそろ成果を出さないと。
●まとめ(?)
AS400を思い出すと、AS400の凄さに気づいた。
レガシーと言われるが、複数の端末からロールがあり、月次まで整然と熟す。
フロントがwebであれば、やってる事は現代でも古くない。保守部品がなくなり仮想化されたのもよく分かる。
COBOLやRPGも画面と処理が切離されており、素晴らしい。
でも、仕事は受ける自信がない。
AS400だからではなく、約30年は機能追加されているから。
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